地図で読み解くフランスの歴史⑧百年戦争の終結とイタリア戦争の始まり | FRON [フロン]

地図で読み解くフランスの歴史⑧百年戦争の終結とイタリア戦争の始まり

こんにちは!フランス長期留学経験者、現在ハンガリー在住ライターのPapico(ブログはこちら)です。

地図で読み解くフランスの歴史の今回は8回目です。

前回は百年戦争の開戦背景について学びました。

フランス王国カペー朝で後継ぎがいなくなったことで、フランス王国のヴァロワ家という一家が三部会でフランス王国の次の王に選ばれ、即位したことでヴァロワ朝がスタートしました。

しかし、そのそれに対してイングランド王国が異を唱え、フランスに侵入したことで百年戦争は始まりました。百年戦争は開始直後からイングランド王国の優勢で進みました。また、ヨーロッパ全土ではペストが流行していました。

百年戦争での劣勢やペストの大流行などでフランス国民たちの不満は爆発し、一揆が起こるなどフランスは窮地に陥っていました。

百年戦争とジャンヌダルク

百年戦争で攻勢を強めていたイングランド王国ですが、1381年に国内でワット=タイラーの乱という農民一揆が起こります。

背景にはイングランド王国の国王リチャード2世が百年戦争の戦費を調達するために徴税強化したことでした。国王は一揆の指導者だったタイラーと会談し、彼らが要求する農奴制の即時撤廃などを認めました。

そういった国内のゴタゴタや戦争の長期化で百年戦争の中盤はフランス王国が優位に戦況を進めました。

しかしながら、1428年にイングランド王国はフランス王国の国王シャルル7世が拠点にしていたオルレアンを攻撃し、シャルル7世を包囲し、戦況は再度イングランド王国が優位になり、フランスは危機に陥りました。

その危機を救ったのがジャンヌ=ダルクでした。彼女はオルレアンを解放し、シャルル7世を救出しました。その勢いのまま、パリの解放にも向かいましたが途中でフランス王国内の反シャルル7世派に捕らえられ、イングランド王国に引き渡され、火刑になりました

しかしながら、ジャンヌ=ダルクの登場と活躍はフランス国民の士気を高めました。そして、パリやノルマンディー、ボルドーなどイングランド王国が占領した領土を次々と奪回し、カレーを除きフランス王国内のイングランド王国の支配地はなくなり、1453年百年戦争は終結しました。

 

イタリアへの侵攻

百年戦争でフランス王国内からイングランド王国の支配地の奪回を成功させ、事実上フランス王国を統一したヴァロワ朝は領土拡大を目指し、イタリア半島に目を向けます

当時のイタリア半島はフィレンツェなどの北部を神聖ローマ帝国が、ローマをはじめとする中部を教皇領としてローマ教皇が、南部をアラゴン家がナポリ王国としてそれぞれ支配していました。

しかしながら、1494年にアラゴン家が断絶するとナポリ王国の王位はトラスタマラ家出身でイベリア半島のアラゴン王国をアラゴン家から引き継いで統治していたアルフォンソ5世が引き継ぎました。アルフォンソ5世はアルフォンソ1世としてナポリ国王に即位しました。

その後、ナポリ王国の王位がアルフォンソ1世からフェルディナンド1世に引き継がれ、その後アルフォンソ2世に引き継がれると、ナポリ王位継承権を主張したフランス王国のシャルル8世がナポリ王国に侵攻し、イタリア戦争が始まりました。

アルフォンソ2世は自身の王位を息子のフェルディナンド2世に渡し、逃げ出しました。ナポリ王を即位したフェルディナンド2世はローマ教皇アレクサンドル6世や同じくトラスタマラ家出身でスペイン王国の王フェルナンド5世らと同盟を組み、これを退けました

シャルル8世が事故死すると、その後を継いだルイ12世はイタリア戦争を再開させましたが、このときも失敗に終わり、フランスの領土拡大の夢はかないませんでした。

この記事が気に入ったら
「いいね!」をしよう
FRON [フロン]の最新情報をお届けします
オススメの記事

この記事のライター

カテゴリ一覧

内容について連絡する

Papico

ブダペストに住む24歳/フランス長期留学経験者/語学/サッカー/読書 ブログやってます: http://japangary.hatenablog.com/

イベント予約

気になるイベントを簡単予約♪ ※English Page

予約するイベント

お名前(フルネーム)

メールアドレス

予約人数

英語は流暢に話せますか?
はいいいえ
※できなくても全く問題ありません。

メルマガ受信設定

※予約完了メールが届かない場合はLINEにてご予約下さい。

 

イベントカテゴリー

気になるキーワードをクリック♪

 

FRON [フロン] | 英会話や外国語を話すならFRON!東京で外国人と国際交流しませんか?