地図で読み解くフランスの歴史⑬英仏植民地戦争の勃発 | FRON [フロン]

地図で読み解くフランスの歴史⑬英仏植民地戦争の勃発

こんにちは!フランス長期留学経験者、現在ハンガリー在住ライターのPapico(ブログはこちら)です。

地図で読み解くフランスの歴史の今回は13回目です。

前回はルイ14世が領土拡大のために起こした4つの戦争のうち前半2つを学びました。

三十年戦争で敵対関係だったフランス王国とスペイン帝国の間で結ばれたピレネー条約の内容を遵守しなかったスペインに対してフランスは当時スペインが支配していたネーデルラントの地を侵略します。(フランドル戦争/ネーデルラント戦争

そして、アーヘン条約でスペインから南ネーデルラントのいくつかの重要な軍事拠点を奪いました。

また、フランドル戦争で敵対したネーデル共和国への報復と彼らの海外進出へのけん制からネーデルラント共和国にも侵攻しました。(オランダ戦争

そして、フランス王国はスペイン帝国が支配していた南ネーデルラントのいくつかの領土をさらに獲得しました。

ファルツ継承戦争

神聖ローマ帝国内のライン地方を治めていた諸侯のカール1世が亡くなると、自身の弟の2番目の妻がカール1世の妹だったため、ルイ14世はそれを口実にライン地方の継承権を主張します。

それに対して神聖ローマ帝国はスペイン帝国やネーデルラント共和国、スウェーデンバルト帝国などとアウクスブルク同盟を組んで抵抗しました。

1688年、フランスはライン地方に侵攻し、アウグスブルク同盟との戦争が始まりました。(ファルツ継承戦争)また、同盟側には途中からイングランド王国も参戦しました。

しかしながら、戦争は長期化し、決着がつかず1697年にライスワイクの和議が成立し、終戦しました。フランスはライスワイク条約でアルザス地方のストラスブールや現在のハイチを獲得したものの、ライン地方の領土の継承権を放棄や占領地の返還など失ったものもたくさんありました

植民地戦争の勃発

ヨーロッパでの領土拡張を狙う一方、海外でもフランス王国は領土拡張を目指しました。

1608年にフランス人の探検家のサミュエルは北アメリカを探検し、現在のカナダにケベックを建設し、フランスの植民地としました。一方、イングランド王国も北米大陸を探検し、英領北米植民地として支配していました。

両者の領土拡張の野望(特にカナダをめぐり)がぶつかり、北米大陸でも戦争が起こりました。

1688年に北米大陸のイングランド王国の支配地にいた原住民のインディアンの帰属問題からフランス王国との間でウィリアム王戦争が起こります。この間、ヨーロッパではファルツ継承戦争が起こっています。したがって、英仏は2つの大陸で2つの戦争を戦っていることになります。

しかしながら、両国ともファルツ戦争だけで手一杯でウィリアム王戦争を戦う北米大陸の軍を支援するだけの余裕はありませんでした。

戦争はファルツ戦争と同じ年に終わりました。ここから英仏はヨーロッパと北アメリカで戦争を繰り返していきます。(英仏植民地戦争

ミニ講義 「王国と帝国の違いは?」

フランス王国やイングランド王国にはそれぞれ王国と名前がついており、神聖ローマ帝国には帝国という名前がついています。

王国と帝国の違いはなんなのでしょう?

王国とは1つの国のことで、そこを治める統治者のことを王様といいます。

一方、帝国というのは複数の王国を支配している国のことで、帝国の支配者を皇帝といいます。

したがって、帝国のほうが王国よりも広大な領土を有しています。

 

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